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人生100年時代のシニアの働き方
セカンドキャリアを幸福に働くため、企業が行うべき従業員支援とは

  • 高倉 千春氏(ロート製薬 元取締役(CHRO)、高倉&Company合同会社共同代表)
  • 西田 政之氏(株式会社 ブレインパッド 常務執行役員 CHRO)
  • 石山 恒貴氏(法政大学大学院 政策創造研究科 教授)
パネルセッション [H]2024.01.15 掲載
講演写真

近年、シニアの働き方が注目されている。楽しく幸せに働くには、セカンドキャリアへの移行も踏まえた工夫が必要であり、そのためには企業、人事部からの支援が欠かせない。では、具体的にどうすればいいのだろうか。人事を含めて変化に富んだキャリアを持つ、高倉&Company合同会社の共同代表・高倉氏、ブレインパッドの常務執行役員・西田氏が、それぞれのキャリアを振り返りながらセカンドキャリアへのスタンス、従業員支援について語り、法政大学大学院 教授・石山氏の司会で、議論を深めた。

プロフィール
高倉 千春氏(ロート製薬 元取締役(CHRO)、高倉&Company合同会社共同代表)
高倉 千春 プロフィール写真

(たかくら ちはる)1983年農林水産省入省後、米国Georgetown大学にてMBA取得。1993年コンサルティング会社にて人材開発に携わった後、外資系製薬・医療機器企業の人事部長を歴任。味の素理事グローバル人事部長、ロート製薬取締役・CHROなどを経て現職。 将来の経営を見据えた戦略的な人事戦略、人材育成を推進。


西田 政之氏(株式会社 ブレインパッド 常務執行役員 CHRO)
西田 政之 プロフィール写真

(にしだ まさゆき)1987年、金融分野からキャリアをスタート。2004年にマーサーへ転じ、2013年 同社取締役COO。2015年にライフネット生命保険取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月より現職。


石山 恒貴氏(法政大学大学院 政策創造研究科 教授)
石山 恒貴 プロフィール写真

(いしやま のぶたか)博士(政策学)。NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て現職。キャリア形成、人的資源管理等が研究領域。日本キャリアデザイン学会副会長、人材育成学会常任理事。主著:『越境学習入門』日本能率協会マネジメントセンター、『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社、『地域とゆるくつながろう』静岡新聞社。


ステレオタイプのシニアからサードエイジへ

まず、石山氏が登壇。シニアについて考えるとき、まずはエイジズムの問題を知っておく必要があると語った。エイジズムとは年齢差別のことであり、若い人から高齢者に対する偏った見方だけはなく、年齢だけを根拠に「この人たちはこうだ」と判断する決めつけを指す。

「生涯を通じてステレオタイプが内面化し、無意識に機能し、自分自身に影響を及ぼす、という“ステレオタイプの身体化”は問題です。若い頃にステレオタイプを内面化させると、高齢者になったときに自分に対して否定的になってしまいます。つまり、年上を軽蔑する年下は、自分が年上になった将来、一番ダメージを受けてしまう心配があるのです」

「自己成就予言」という心理学用語もある。高い期待をされた者はその期待に応じた高い成果を達成し、低い期待をされた者は低い成果しか達成できない。そして、低い期待をされた場合は、それに応じて防衛的に努力を行わないようになっていき、失敗に対する不安も高まるため、挑戦的な行動ができなくなってしまう、という現象を意味する。ここからも、エイジズムは注意すべきだという。

「ウェルビーングというキーワードが注目されていますが、OECDはウェルビーングを次の三つからなる包括的な概念と捉えています。一つ目は、生活評価。自分の暮らし向きが良い、良い家に住んでいる、安定した雇用がある、といった満足。二つ目は、ハピネスの感情。おいしい料理を食べたり、楽しい旅行をしたりしたときに感じる幸せ。三つ目は、エウダイモニア。ギリシャ時代のアリストテレスの言葉で、人生の意義、目的の追求を意味します。

この三つ目を、シニアはより高めることができます。最近の研究では世界145ヵ国で主観的な幸福を測ったところ、どの国も若い時から48.3歳まで幸福度は下がるものの、それ以降は上がり続けるという幸福感のU字カーブが示されました。なぜシニアの時期に幸福感が上昇するのかといえば、シニアだからこそ人生の意義と目的を重視するようになり、エウダイモニアとしての幸福感が高まっている可能性があります」

次に石山氏は、第2の時期であるセカンドエイジでは成し遂げられなかったことを達成する、人生の充実期「サードエイジ」について語った。セカンドエイジとは異なる社会と関わる活動ができる時期であり、労働、ボランティア、趣味など、選択肢がより広がる。

酒造りの商人として大成功を収めたのちに、49歳で引退し、20歳も年下の先生から天文学を学び、それをきっかけに日本全国を測量した伊能忠敬が、「サードエイジ」の好例だという。

「今はシニアに対して、活躍への期待値が低い、キャリア開発に消極的、定年再雇用後の役割と処遇のミスマッチ、といった課題が見られます。今後はこの課題に向き合う必要があることは明らかです。組織としても、個人としても、考えていかなければなりません」

ゴールデンエイジを作るための心得

次に、髙倉氏が登壇。農林水産省、米国留学コンサルティング会社を経て、外資系製薬・医療機器企業・味の素・ロート製薬での豊富な人事経験を持つ。その後、独立し、現在は企業の人事戦略・人材育成を支援している。

「私が独立してまず思ったのは、限られた資源である時間を何にどのように分配するかがとても難しい、ということでした。会社に勤めているとカレンダーが自然に埋まりますが、独立すると自ら『こうなりたい』と思って努力し、24時間365日を使わなければなりません。いきいきとした経験を得られるかどうかは、自分次第なのです。

ウェルビーングを感じるためには、何かを見つけることも大事です。そのためには、『自分は何者で何がしたいのか』を自己認知するための場所、機会が必要。それがサードプレイス(職場でも自宅でもない第3の場所)だと考えています」

サードプレイスには、現役のときから入っておいた方がいいと髙倉氏は助言する。オフィスの自分の席から離れて、できるだけ時間を作り、社内副業、社内兼業に取り組む。または地方に行って、自然の中に身を置いてみることを勧めた。

「サードエイジはゴールデンエイジになれると思いますが、そのためには脳の筋トレも必要です。まずは、自分のカレンダーを納得いくように埋める習慣づくり。そして、自分を客観視することが重要です。自分とは何者で、何をやりたいのか、現役のときから自分を見つめるように心がけます。また、自分自身で挑戦する経験を作り、それを本業にも活かすことで、人生の実験力をつけていきます。重要なのは、他人と比べないこと。自分の差別化要素や、『どうすればブランド化できるか』を考えておくのです」

講演写真

髙倉氏はここで、リンダ・グラットンの著書『Life Shift』を取り上げた。本書では、お金という資産も大事だが、見えない資産の必要性を説いている。見えない資産は三つ。「生産性資産」は、キャリアの見通しを高めるために役立つもので、スキル・知識、仲間、評判を指す。「活力資産」は、心身ともに健康な状態を維持するもので、健康、バランスの取れた生活、自己再生の友人関係を指す。「変身資産」は、人生の大きな変化に対応できるもので、自分についての知識、多様性に富んだネットワーク、新しい経験に対して開かれた姿勢を指す。

「サードエイジをゴールデンエイジにするために、私が注力しているのは、『今までのキャリアと成果を成仏させること』。次のステージに向かう意識が大切だからです。

それから『好きなことをやること』。好きこそものの上手なれ、です。これまでに得た『ご縁、人のつながりという財産への感謝』も忘れてはなりません。

そして、そういった人から『頼まれたらとにかくやってみること』。いろいろなところに首を突っ込んだ方がいいと思います。また、やるときは『面白がること』。そのために『心と体と頭の筋トレ』は欠かせません」

長く幸福に働きつるけるために大切な七つのこと

続いて西田氏が登壇。金融・人事の経験、外資と日系のキャリアをそれぞれ半分ずつ持っている。現在は、幅広い業界のマーケティング分析をはじめ、護岸の劣化探知や全日本女子バレーボールの戦略分析など、企業のデータ・アナリティクスを行うプロフェッショナル・ファームであるブレインパッドで、人事のトップを担う。

「まずは、私のキャリアをお話します。大学卒業後に、証券会社に勤め、海外社費留学をしました。帰国後に系列会社でファンドマネージャーを経験したことをきっかけに、外資系金融機関に転職。5歳年下のカナダ人が上司になり、欧米流のリーダーのあり方を叩き込まれたのを機に、経営者の養成機関に入って学んでいました。

そこで知り合った外資系の人事コンサルティング会社の社長に誘われて転職。人事の基礎を学んだのですが、学びが足りないと感じ、10人の塾長を招いて塾を運営し始めます。その後、塾長の一人だった、ライフネット生命の創業者の出口さんからお声がけいただいて転職することになり、経営を手伝いました。カインズを経て、現在に至ります。

このようにして、営業や経済の基礎、マネジメントの基礎、専門性を蓄積し、知の探索、理論と経験の実践、汎用モデルの構築を行ってきました」

長く幸福に働き続けるために大切なことは、七つあると西田氏は言う。

講演写真

一つ目は、邂逅(かいこう)を大切にすること。自身のキャリアの転換点には、いつも偶然の出会いがあったという。

二つ目は、学び続けること。従来の考え方や手法は通用せず、自分の頭で考えることが必要とされる一億総哲学者の時代において、知のコミュニティに参加して自らも貢献することは欠かせない。

三つ目は、自分の提供価値を棚卸しすること。経営、社員、株主、顧客、事業、五つのステークホルダーに対して、どれだけ自分は役に立っているのかを確認する。

四つ目は、五つの趣味を持つこと。西田氏の場合、サックス、陶芸、能、シガー、ジョギングという、異なる5分野に趣味がある。趣味を通じて人生を楽しむことができ、さまざまなコミュニティに参加することで、人とのつながりが自然に生まれる。

五つ目は、説教、昔話、自慢話をしないこと。

六つ目は、ぶれない軸を持つこと。追い詰められたときに無意識に頼れる思考や判断の根源とするためである。西田氏の場合、「“部下”と呼ばずに“同僚”“仲間”という言葉を使う」「自分が一度言ったことには言霊(ことだま)が宿っているので、絶対やる、すぐやる」「直感に従う」「邂逅を大切にする」「インテグリティ。お天道様の下で恥ずかしくない行動を取る」「恩送り。恩返しができない場合は、同じことを他の人にする」「美意識を磨く」「歴史に学ぶ」を軸としている。人は進化するためには、軸を更新し続けることも大事だという。

「京都の小倉山二尊院の言葉を紹介します。『あせるな、おこるな、いばるな、くさるな、おこたるな』。才能が開花するタイミングは人それぞれですから、決して焦ってはいけない。ただし、努力を怠ってもいけない。これは私の座右の銘です」

人生を楽しむ、人事の仕事を楽しむ

最後に、三人によるディスカッションが行われた。

石山:髙倉さんは独立されましたが、これまでと比べてどのような変化がありましたか。

高倉:組織に属していた40年間は毎日の仕事の予定が決まっていたし、自分でケーブルを引いたりプリンターを設置したりする必要もありませんでした。しかし独立すると、そうはいきません。すべて自分でやらなければならない。知らなかったことに足を踏み入れ、難しいことにチャレンジする毎日ですが、新しいことが始まって、幸せを実感しています。

石山:苦労することはありませんか。

高倉:今までのことに囚われていると、若い人たちに「教えてあげる」「こうだったのだから」と言いたくなってしまいます。そうではなく、フラットに意見交換をすることが重要だと意識するようにしています。

石山:西田さんは、「学び続ける」「偉ぶらない」と話されていましたが、なぜそれが大事だと思われたのでしょうか。

西田:全日本のサッカーの岡田元監督が、「あの選手、あの監督は運がいいと言う人がいるが、彼らが運を獲得するために、裏でどんなに努力し、苦労しているのか、徳を積んでいるのかを、本当にわかっているのか、と言いたい」とおっしゃっていました。チャンスとは普段の徳や努力のもとに与えられるものであり、それをどうつかむかが大事なのだと感じたことがきっかけです。

石山:誰も見ていなくてもやるべきことをきちんとやることが大切、ということですね。

西田:インテグリティの本当の意味は、そこだと思います。

石山:西田さんのキャリアを振り返ると、雇用された後、自ら経営して、また雇用されていますね。

西田:全て邂逅です。人と人との偶然の出会いによって、アイデアやオポチュニティが生まれ、キャリアにつながってきました。振り返るときれいなストーリーになっていますが、その時々は、それがベストだと思って選択してきただけです。

石山:実際には毎日忙しくて、髙倉さんや西田さんのように考えることが難しい、という方もいると思います。人事部は、どのように支援していけばいいのでしょうか。

高倉:決まった仕事を少し置いて他のことにも時間を使うとなると、時間管理が欠かせません。そのため、働き方改革がとても重要だと思います。また、働き方改革と組み合わせて、サードプレイスを持つような働きかけが、ますます必要になると思います。

石山:高倉さんが「自分の資源をどう配分するか」と話されていましたが、最近は、自分の資源をいかに配分して回復させるかという資源保存理論が、キャリアとの関係でも注目されています。とはいえ、急に「資源配分できる時間がありますよ」と言われても、慣性の法則が働いて方向性を変えられない人もいます。

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高倉:そういう人は、週に2回ぐらい社外の人と飲み会に行くとか、西田さんがおっしゃったように趣味の世界のコミュニティに参加するといった習慣を作るといいと思います。

石山:組織としては、どう取り組んでいくべきだと思いますか。

西田:社員に活動を紹介したり、特別な体験をさせたり、その体験を社内にフィードバックさせたりするなど、考える機会や材料を与えるための仕組みを作ることから始めるといいと思います。

もう一つ、シニアがいきいきと幸せな姿を見せることが、とても大事ですね。幸せそうなシニアをピックアップして、社員に紹介するのもいいのではないでしょうか。

高倉:若い人と話していたとき、「髙倉さんの話は、私たちの希望です」と言われて、もっと頑張ろうと思いました。私も先輩方を見てきたわけですし、次は私の番です。

西田:つらい仕事はなかなか続きません。仕事も遊びの延長だと捉えられるよう、いかに楽しくするかを、人事は考えていかなければならないと思います。

石山:今は従来の延長線上の発想で生産性が高まったり、唯一で絶対的な正解が存在したりする時代ではありません。少し距離を置いて自分たちを見なければ新しいことも起きないので、人事部が「遊び心が大事だ」と言えるといいと思います。

西田:人事パーソン自身が楽しく働いていれば、社員に良い影響が波及すると思います。小説『路傍の石』に、「たった一度しかない人生を、本当に生かさなかったら、生まれてきたかいがない」という一節があります。自分を生かすには、やはり楽しむことが大事ですね。

石山:本日は、どうもありがとうございました。

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